MENU

スマート創成科学類誕生に寄せる雑感

2023.04.26 スマート創成科学類 全ての方向け

スマート創成科学類長 山本 茂 教授

スマート創成科学類誕生に寄せる雑感

この4月からスマート創成科学類長を務めます。私の専門は「制御理論」です。制御理論は制御工学を支える根幹をなすものです。40年近く前の学生のときは「制御工学科」で学びました。当時も今もそうですが、制御工学を学ぼうとすると機械工学科や電気・電子工学科に入学することになります。ただ、当時は「制御工学科」というドンピシャな学科があったのでそこへの入学を決めました。

大学を卒業して。助手として大学で働き始めたのは、「電子制御機械工学科」です。機械工学科から派生して新設された学科でした。第1期生の学生さんと新しい環境で歩み始めました。しばらくして古巣の制御工学科に戻りましたが、学科の名前は変わっていました。電子制御機械工学科も今はありません。当時のように制御工学を学科の名前に掲げるところは高専を除いて少なくなってしまい、制御工学を学びたい人は当時のように、機械工学科や電気・電子工学科に入学することになるでしょう。

大学の専門を制御工学にしようと決めたのは高校生のときでした。新聞に掲載されていた制御工学に関連する記事を目にした頃からです。省エネが叫ばれる時代でした。動力を使わずに川の対岸に渡る船と自動制御についての記事でした。この船は単なるアイディアだけで実用化されているというものではなく、自動制御がそういった省エネに貢献する技術だということです。

自動制御の起源は、第一次産業革命における蒸気機関を安定に動作させる調速機であるとも、20世紀初頭の長距離通信を可能とした負帰還増幅回路とも言われています。後に自動制御と生命の動作原理との共通性が指摘されて、通信工学、機械工学との融合領域としての学問分野「サイバネティクス」が生まれ、サイバーの語源となりました。自動制御の実用化は宇宙開発時代に現代制御理論の誕生と共に急速に進展しました。

制御理論は、モノゴトの変化を理想化・抽象化して表現する数式モデルを使って、何ができて何ができないかを明らかにしたり、望ましい結果を得るためにはどのようにすればよいのかを数学を使って論じます。線形代数や微分方程式に関する知識が必要です。大学3年生の時、制御工学の授業の内容は制御理論で、数学の授業を受けている感じがしました。当時はその重要性に気づくことはなく、徐々に興味が薄れていきました。

大学4年生になると研究室に配属され卒業研究に取り組みます。ロボットや人工知能の研究室への配属を希望しましたが、制御理論の研究室に配属され、ロバスト制御理論の研究に取り組むことになりました。ロバストは頑健なという意味です。数式モデルと現実世界のモノゴトの変化との間のギャップを埋め、数式モデルで表現しきれない現実の不確かさを頑健に許容しつつ望ましい自動制御を実現しようとする理論体系です。当時の指導教員は、ロバスト制御の第一人者であり、理論研究の面白さを徐々に知ることになりました。

研究者としての駆け出しのころは、企業との共同研究で、製品化を困難とする機械の振動を抑制する課題をロバスト制御理論を駆使して解決する経験をしました。しかし、その後、情報化による根本的な技術革新があり、そもそも振動の原因となる機械部品を用いない製品に生まれ変わっています。この事例で、単一の学問領域では解決できない課題もあることを痛感しました。解決すべき課題に取り組む時、時代の流れに敏感になり、様々な視点でモノゴトを捉える必要があるように思います。

スマート創成科学類は、スマート技術を駆使して社会課題の解決を行う人材の育成を目指します。スマート技術の核となるAIの進展は目覚ましく、ChatGPTに代表される大規模言語モデルに基づく生成AIの登場によって世の中は劇的に変化することになるでしょう。この原稿を書いている2023年4月の時点で、いくつかの大学が学生のChatGPTの使用に関する声明を次々発表しています。大規模言語モデルは大量のテキストデータで学習したテキストの続きを予測するモデルなので、間違った情報を返してくることを前提としなければなりません。決して受け売りすることのないようにしなければなりません。また他者が著した文章をそのまま提示するなど使用する上で著作権やプライバシーなどの問題をはらんでいます。とは言え、問いかけによっては適切な答えを返す有用なツールであることは間違いなく、プロンプトと呼ぶ適切な問いかけを見つけ出すエンジニアリングも生まれつつあります。スマート創成科学類はこのようなプロンプトエンジニアリングも範疇とする全く新しい学類と考えています。

以上、自身の経験とスマート創成科学類の側面を紹介しました。最後に、スマート創成科学類の学生さんには時代の流れに敏感になり、広い視野を持って最新の科学技術に関する知識を吸収し、新しい時代を創るひとになってもらいたいと思います。